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東京地方裁判所 平成9年(ワ)1354号 判決 1998年9月22日

原告

安田直樹

被告

東京電力株式会社

右代表者代表取締役

荒木浩

右訴訟代理人弁護士

安西愈

渡邊岳

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一億六三五七万四〇〇〇円を支払え。

二  被告は、原告に対し、詫び状を提出し、読売新聞及び朝日新聞の全国版社会面記事下広告において、半二段縦六・八センチメートル、横一九・二五センチメートルの枠の中へ、二倍の活字にて、別紙<略>記載の詫び文の掲載をせよ。

第二事案の概要

本件は、被告の嘱託社員として雇用され、その後解雇された原告が、被告に対し、在職中に出社を強制され又は酷使された等として不法行為に基づく損害賠償及び慰謝料の支払を求めるとともに、被告の解雇は不当解雇であるとして、原告の定年年齢までの期間の生活保障並びに名誉棄損に基づく謝罪文の提出及び新聞広告を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成四年九月二四日、被告の嘱託社員として雇用され、その後東京南支店世田谷支社料金課に配属された。

原告は、被告に雇用された当時、慢性腎不全により身体障害等級一級の認定を受けていたが、被告は原告を採用するについて右事実を了解していた。

2  原告は、平成五年一月一三日に入院し、同月一九日に実母からの生体腎臓移植手術を受け(以下「本件移植手術」という。)、同年二月九日に退院した。

3  被告は、原告が、就業規則取扱規程第二編四条一項五号の心身虚弱のため業務に耐えられない場合に該当するとして、平成九年一月二八日付けでした通知により、原告に対し、同年三月三一日付けで解雇する旨の予告解雇(以下「本件解雇」という。)をした。

二  争点は、次の三点である。

1  被告の原告に対する出社強制又は酷使等による不法行為の成否

2  被告の原告に対する本件解雇が、解雇権の濫用に当たるか、また、被告は原告に対し、生活を保障する義務を負うか否か。

3  被告の原告に対する名誉棄損の成否

三  争点に関する当事者双方の主張

1  被告の原告に対する出社強制又は酷使等による不法行為の成否について

(一) 原告の主張

(1) 原告は、本件移植手術を受け、同年二月九日に退院した後、自宅で療養していたが、原告の上司の被告世田谷支社料金課副長笹尾嘉正(以下「笹尾副長」という。)から、職場復帰のめどについて二度ほど話があり、その際、「年度始めから出勤状態が悪いと嘱託から正社員への採用が難しくなる。」と告げられた。これに対し、原告が主治医から半年くらいは安静にした方が良いとの診断を受けていると報告したにもかかわらず、笹尾副長は、原告に対し、「年度始めから欠勤が多いと、平成六年度時における社員採用に不都合が生じる。」と述べた。そこで、原告は、再度、主治医から、最低でも三か月間は無理はできないとの回答を得て、体力的に出社はまだ無理である旨告げたが、笹尾副長は、原告に対し、「就業規則上、欠勤が多いと嘱託の継続も難しくなる。」と述べて出社を強制したため、原告は平成五年四月一日から出社を余儀なくされた。

(2) 原告は、平成五年四月からの職場復帰後も、週に二回程度通院していたが、通院後の帰社時間は午後二時ころとなり、就労時間は残り三時間程度となるため、その後一日分の仕事を就業時間内に処理することは不可能となるのに、被告は原告からの通院日における仕事量の軽減の申し入れを拒絶し、通院日にも一日分の仕事を課して、原告の体調を無視して残業を行わせたり、その後、平成六年九月に料金課業務班に異動した後は、原告を振込用紙の詰まったダンボール箱運送の重労働に従事させて酷使した。

また、被告は、原告に対し、平成五年度の職場の職員名簿に原告の名前を記載せず、原告に名刺も与えずに、精神的に苦痛を与えた。

さらに、被告は、原告が、平成五年四月から同六年二月まで無欠勤であったのにもかかわらず、平成六年三月に入院したことを理由に、同年三月一〇日に実施された正社員の採用試験を受験させず、原告を正社員に採用しないこととする違法な取扱いを行った。この点につき、原告が、上司の料金課田中課長に対し、労働組合に相談したいと申し入れたところ、同人は、原告は嘱託であるから労働組合に相談することはできないと拒絶して差別した。

平成七年一一月ころには、被告の産業医である菅野医師が、原告の主治医に対し、書簡を出し、原告を働かせるために、移植した腎臓の摘出を示唆するなど、原告の人格を無視する言動をしたことにより、原告は恐怖感を与えられ、また、被告が、原告を雇用しているにもかかわらず、原告に対し、生活保護や失業保険を斡旋しようとしたり、事あるごとに担当上司から解雇をほのめかしたことにより、原告は、精神的苦痛を受けた。

(3) 原告は、被告の前記(1)及び(2)の出社強制及び酷使等の不法行為により、腎不全等の病状が悪化し、自律神経失調症にも罹患したため、病状悪化等により金三〇〇〇万円の損害を受け、また、これにより原告が受けた精神的損害の慰謝料としては金一〇〇〇万円が相当である。

(二) 被告の主張

(1) 原告は、本件移植手術後、しばらく自宅療養した後、平成五年三月二九日に、自ら出社して勤務に復帰したもので、被告が出社を強制したことはない。

(2) 被告は、原告が身体障害者等級一級の認定を受けていることを知って原告と雇用契約を締結しており、原告の入社直後の平成四年九月二八日に、被告の産業医の意見に従い、被告の健康管理規程に定める時間外就業禁止及び重作業の禁止等の就業制限措置を講じるなど、原告の体調に格別の配慮をして勤務させていたもので、原告を酷使したことはない。

2  本件解雇の効力及び被告の原告に対する生活保障義務の存否について

(一) 原告の主張

本件解雇は、正当な理由のない解雇で、解雇権の濫用にあたるから、被告は、原告に対し、不当解雇による生活保障として、本件解雇当時の原告の年間給与額金三〇五万三六〇〇円及び原告の五人家族の生活に最低限必要となる住宅費年額金一四四万円(月額金一二万円の一二か月分)の合計金四四九万三六〇〇円に、貨幣価値の下落予想分及び昇給等を考慮して一〇パーセントを加えた金四九四万二九六〇円の二五年分(不当に解雇されなければ原告が定年まで勤務した場合の勤務期間)の合計金一億二三五七万四〇〇〇円を支払う義務がある。

(二) 被告の主張

被告は、原告の採用時から、原告が慢性腎不全に罹患していること及び身体障害等級一級の認定を受けていることを承知しており、入社後もできるかぎりの配慮をしていた。原告に対する特別の配慮としては、原告の勤務状況に合わせて担当業務を軽減し、原告が平成七年五月一五日以降、遅刻又は早退した日であっても賃金カットは行わず一日分の給与を支払った。平成七年七月二六日には、被告の産業医が、原告の体調を考慮し、自宅療養に専念させるべく、就業禁止の健康管理上の措置をとったが、これに対し、原告が無給となるため出勤したいとの意向を示したため、同年八月二一日、同月七日に遡って出勤停止を解除する決定をし、八月七日から同月二一日まで、原告が実際には出勤していないにもかかわらず、賃金を支払った。さらに、同年八月二一日以降は、原告が一日のうち一度でも会社に来れば、遅刻、早退にかかわらず、出勤として扱い、平成七年九月から同八年三月までは、現実に来社しなくとも、電話連絡をすれば、出勤扱いとして、欠勤控除はしない扱いを行った。その後、原告は、平成八年三月二九日に入院して同年四月六日に退院した後、ほとんど出社しない状況となり、同年五月以降の出社日数は、五月が六日、六月が六日、七月が二日で、八月からは全く出社しなくなったが、被告は、原告に対し、平成八年一〇月二〇日まで賃金を支給した。

被告は、平成八年一〇月二〇日、原告につき、勤務しない分は賃金を支給しない通常の扱いとすることとしたが、原告は、その後もほとんど出社しなかった。そこで、被告は、原告に対し、同年一二月一九日付けで、このままの欠勤状況が続くと平成九年四月一日以降の嘱託雇用契約の継続は困難となる旨の書簡を郵送したが、それ以後も、原告は、体調が悪いとして、勤務に復帰しなかったため、被告は本件解雇の意思表示をしたものであり、原告の右のような勤務状況に照らし、本件解雇は社会通念上相当なものである。

3  被告の名誉棄損の成否について

(一) 原告の主張

平成七年一一月ころ、被告の産業医である菅野医師は、原告の主治医に宛てた書簡により、原告の雇用形態や私生活上の実情まで明らかにして原告の名誉を棄損した。また、被告の産業医鈴木秀和作成(ママ)も、書面を作成して、原告の名誉を侵害した。原告は、被告の産業医師の作成した書簡及び書面により、名誉を棄損され、多大な精神的苦痛を受けたから、原告は、被告に対し、被告の名誉棄損に基づき、原告の名誉回復のため、原告に対する詫び状の提出及び詫び文の新聞掲載を求める。

(二) 被告の主張

原告が、名誉棄損であると主張する書簡及び書面の記載内容は、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価に関するものではなく、名誉棄損には当たらない。

第三当裁判所の判断

一  被告の原告に対する出社強制又は酷使等による不法行為の成否について

原告が、被告の不法行為として主張する各事実について順次検討する。

1  出社強制の事実について

原告は、本件移植手術後、主治医から、当初半年間は絶対安静、少なくとも三か月間は無理はできないと言われていたのに、出社を強制されたと主張する。しかし、主治医の診断書(<証拠略>)には、「以後約三か月の厳重な外来管理が必要である」とだけ記載されており、自宅療養ないし就労不能とは記載されておらず、就労不能と認めた期間としても、平成五年三月一日から同月二八日までと記載されており、原告の主治医が半年間絶対安静又は三か月間は就労不能と診断した事実は認められない。

そして、原告の主張する、上司の笹尾副長が、原告に対し、欠勤が多いと嘱託の継続も難しくなる等と告げて出社を強要したとの事実については、これに沿う原告本人の尋問結果及び陳述書も存在するが、他方、笹尾副長の証人尋問の結果によれば、同人は、原告の入院中の病院と退院後の自宅との二回原告を見舞ったが、原告の自宅では玄関で原告の妻とのみ面談した事実が認められること(<人証略>)、被告は、原告が身体障害者等級一級の認定を受けていることを了解して雇用契約を締結しており、原告の入社直後の平成四年九月二八日、被告の産業医の意見に従い、被告の健康管理規程に定める時間外就業禁止及び重作業の禁止等の就業制限措置を講じていること(<証拠略>)、また、原告が通院に便利な場所の社宅に入居したいと希望した(<証拠略>)のに対しては、優先的に社宅へ入居させて、原告の健康状態を考慮して特別の取扱いを行っていること等の事実が認められること等に照らし、被告が原告に出社を強要したとする前記原告本人尋問の結果は採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2(一)  原告が、原告の通院日に、たびたび残業をさせられていたとの事実については、これに沿う原告本人尋問の結果及び陳述書並びに一部これに沿うかのような記載のある原告の当時の直属の上司(主任)宮下雄一郎作成の陳述書(<証拠略>)がある。右陳述書を検討すると、その内容は、原告の担当業務には残業をしなければならない業務も含まれていたこと及び原告の残業については心情的には残業させたくない気持ちで、当時の自分の上司の笹尾氏にその旨伝えていたということの二点であるが、他方、原告自身、当時、宮下氏との間で揉め事が絶えない状態であって(<人証略>)、原告が、宮下氏に通院時の職務軽減を依頼したにもかかわらず、全く受け入れてもらえなかった旨述べており、この尋問結果と前記陳述書の内容自体矛盾しており、さらに、原告が、平成一〇年七月七日の本件口頭弁論期日において、宮下雄一郎を証人申請しない理由として、同人に対し、陳述書を書けば証人申請はしない旨約束して書いてもらったからであると述べていることに照らし、右陳述書をたやすく信用することはできない。

そして、被告が、原告の慢性疾患を認識し、時間外就業禁止及び重作業の禁止等の就業制限措置を講じていたことは前記認定のとおりであり、また、平成五年三月ころの原告の担当業務は、口座振替移転時継続業務であり、顧客からの電気料金等についての口座振替申立書の内容をデータベース入力した結果と、当該入力元の申込書とを照合し、入力結果に誤りがないかどうかをチェックするもので、入力自体は担当していなかった(<人証略>)と認められること等の事実に照らせば、前記本人尋問の結果を採用することはできず、他に、原告がたびたび残業となる過重な業務を与えられていた事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  原告は、体調が悪いにもかかわらず、平成六年九月に料金課業務グループに異動した後、被告から、書類の詰まったダンボール箱を運送する重労働に従事させられた旨主張し、これに沿う原告本人尋問の結果及び陳述書並びに丸山友広作成の陳述書もあるが(<証拠略>)、丸山友広は、陳述書の作成後、その記載内容は記憶と異なるが、原告から、法廷で証言するか、陳述書を作成するかしなければ罰せられると言われたため作成したものであるとしており(<証拠略>)、丸山友広作成の(証拠略)の陳述書を採用することはできない。そして、被告は、原告の慢性疾患を認識し、時間外就業禁止及び重作業の禁止等の就業制限措置を講じていたこと及びダンボール箱の運搬業務については、原告の所属する業務グループの委託管理の者が行っていた(<人証略>)事実が認められることに照らし、原告本人尋問の結果を採用することはできず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  証拠によれば、被告の平成五年度の職場の名簿には原告の名前が記載されていない事実が認められるが(<証拠略>)、平成四年及び同六年の名簿には原告の名前が記載されており(<人証略>)、前記記載もれは単純ミスと認められ、被告が故意に原告を廃除しようとしたものとは認められないから、違法性がないといえる。

また、原告は、被告が原告に名刺を与えず、違法に原告を廃除しようとした旨主張するが、本件記録上、原告が名刺を使用することが業務上必要であるにもかかわらず、被告が原告に名刺を作成させなかった事実は認められず、被告が原告に名刺を作成して与えなかったことが原告の権利を侵害する行為には(ママ)当たるとは認められない。

(四)  原告は、原告が出社を強制された平成五年四月から同六年二月まで無欠勤であったのに、平成六年三月に入院したことを理由に、平成六年四月時点で正社員に採用されなかったことを被告の不法行為として主張するが、被告の嘱託社員が正社員に採用されるためには、毎年三月に行われる採用試験を受験しなければならないところ、原告は、被告に対し、平成六年三月七日付け「移植腎機能障害・重篤高血圧症により、入院加療及び自宅療養が少なくとも二か月必要」との内容の診断書を提出し(<証拠略>)、同月一九日から入院したため、採用試験受験ができなかったものと認められ、一方、被告の社内手続では、原告についても、正社員への採用試験の受験手続がされていたが(<証拠略>)、原告は、体調が悪化し、入院が必要となったため、採用試験の対象外となったことが認められ(<証拠略>)、被告の違法行為に基づき原告が被告の正社員採用試験を受験することができなかった事実は認められない。

また、原告は、原告が労働組合に相談したいと希望したのに、被告が、原告は嘱託であるから労働組合への(ママ)相談することはできないと拒絶して差別したとの事実について、これに沿う原告本人尋問の結果はあるが、(人証略)の証言に照らし、原告の陳述を採用することはできず、また、嘱託社員である原告が、被告の労働組合の組合員になれないことは、組合の定めた組合員資格の問題であり、被告の不法行為とはならない。

(五)  原告は、被告の産業医である菅野医師が、原告の主治医に対し、原告を働かせるために腎臓摘出を示唆し、原告の人格を無視する言動をしたことにより原告は恐怖感を与えられ、また、被告が原告を雇用しているにもかかわらず、原告に対し生活保護や失業保険を斡旋しようとしたり、事あるごとに担当上司が解雇をほのめかしたため、原告は、精神的苦痛を受けた旨主張する。

この点につき、菅野医師が、原告の主治医に宛てた書簡(<証拠略>)には、原告の腎臓摘出に言及している点があるが、その内容は、被告の原告の主治医に対し、原告の正社員への採用又は嘱託社員としての契約更新のためには、勤務状況を改善することが望ましいとして、その方策につき、主治医の医学的見解を問うものと認められ、主治医の判断を越えて、腎臓摘出を示唆しているものとは認められない。また、医師間における治療方針についての意見交換という書簡の目的からして、菅野医師において、原告の主治医が原告に対し書簡の内容を開示することを予測したものとも認められず、原告がその内容を知って、自己の移植腎の摘出に関する記載があることにより、ショックを受けたことに無理からぬ点はあるとしても、菅野医師作成の原告の主治医宛て書簡の記載が、原告に対する不法行為に当たるとは認められない。

証拠によれば、被告の担当者が、原告に対し、嘱託社員が休業中に受給できる生活保護及び失業保険の内容について説明した事実は認められるものの(<人証略>)、被告の担当者が、原告との雇用関係の継続を否定する趣旨で生活保護や失業保険について説明した事実は認められないから、右説明をもって原告に対する不法行為に当たるとはいえない。また、本件記録上、原告に対し被告の担当上司が解雇をほのめかしたことにつき、これに沿う原告本人尋問の結果はあるが、前記のとおり、被告は、原告が身体障害者等級一級の認定を受けていることを了解して雇用契約を締結し、原告の勤務につき種々の配慮をしていることが認められることに照らし、原告の陳述を採用することはできず、他に被告の担当上司が解雇をほのめかしたことを認めるに足りる証拠はない。

二  本件解雇の効力及び被告の原告に対する生活保障義務の存否について

原告は、本件解雇が解雇権を濫用した不当な解雇であるから、被告は、原告に対し、原告の定年年齢までの二五年間の生活を保障すべき義務があると主張する(平成九年四月二八日の本件口頭弁論期日における原告の主張)。

そこで、まず、本件解雇が、正当な理由のない解雇であるか否かについて検討する。

証拠によれば、以下の事実が認められる(<証拠・人証略>)。

1  原告は、本件移植手術後、平成五年三月二九日から出社した後、平成六年三月一九日から入院し、移植腎臓でない方の腎臓につき、同年四月一一日に摘出手術が行われ、原告は、入院・通院と自宅療養を継続していたが、平成六年五月三〇日に被告に出社し、元の業務に従事するようになった。

2  その後、平成六年一〇月ころから、再び原告の体調が悪化し、数日間入院したりしたため、被告は、平成六年一〇月一三日に、原告の体調の悪化を考慮して、その業務を原告の日々の出勤時間に合わせた軽作業に変更した。

3  原告は、平成七年四月七日に、再度入院し、同年四月二五日に退院した後、同月二七日から自主的に出社したが、その後同年五月一五日以降は血圧変動が激しいため、通院しながら自宅療養する旨述べてほとんど出社しない状況となったが、被告は、原告が遅刻又は早退した日についても賃金カットは行わず、一日分の給与を支払っていた。

この間、被告の産業医は原告と面談し、原告の体調では平成七年七、八月に勤務を継続することは困難と判断し、健康管理上の措置として、平成七年七月二六日に、原告に対し、翌二七日から約一カ月の無給の出勤停止を命じた(<証拠略>)。しかし、原告は、右措置が無給休職であることから、就労を禁止されては困る旨述べたため(従来の入院・通院期間については、健康保険組合から傷病手当金などの支給がされていたが、同一病名で、通算して一年六カ月を超えたため、以後の支給は認められないこととなっていた。)、被告は、産業医に新たな意見を求め(<証拠略>)、同年八月二一日に、同月七日に遡って出勤停止を解除する決定をし(<証拠略>)、八月七日から同月二一日まで、実際には原告が出勤していないにもかかわらず、出勤したものとして扱い、賃金を支払った。

そして、同年八月二一日以降については、一日のうち一度でも会社に来れば、遅刻、早退にかかわらず、出勤として扱い、さらに、平成七年九月から同八年三月までは、現実に来社しなくとも、電話連絡をすれば、出勤扱いとし、欠勤控除はしない扱いとした。

4  原告は、平成八年三月二九日に手足がしびれ、緊急入院をした。原告は、その後、同年四月六日に退院したが、その後もほとんど出社せず、同年五月以降の出社日数は、五月が六日、六月が六日、七月が二日で、八月からは全く出社しない状況になった。

5  被告は、原告に対し、平成八年一〇月二〇日までは、賃金を支給したが、被告は、平成八年一〇月二〇日に、今後勤務しない分については賃金を支給しない通常の扱いとすることとした。

しかし、原告は、その後もほとんど出社しなかったため、被告は、同年一二月一九日付けで、このままの欠勤状況が続くと平成九年四月一日以降の嘱託雇用契約の継続は困難となる旨の書簡を郵送した(<証拠略>)。

しかし、その後も、原告は、体調が悪く、勤務に復帰しなかったため、被告は原告が、就業規則取扱規程第二編四条一項五号の心身虚弱のため業務に耐えられない場合に該当するとして、本件解雇の意思表示をした(<証拠略>)。

以上認定の事実からすれば、原告は、被告の就業規則取扱規程に定める心身虚弱のため業務に耐えられない場合に該当すると認められ、本件解雇には、相当な解雇理由が存在し、かつその手段も不相当なものでなく、解雇権の濫用には当たらないといえる。

なお、原告の主張が、被告が原告を酷使するなどの不法行為により、病状が悪化し、勤務できない状態となったのに、被告が本件解雇をしたのは不当解雇に当たるとするものだとしても、前記認定のとおり、原告主張の各不法行為に該当する事実は証拠上認定できないから、原告の不当解雇の主張は理由がない。

三  名誉棄損の成否について

原告は、被告の産業医の菅野医師から原告の主治医に宛てた書簡(<証拠略>)及び被告の産業医鈴木医師作成の書面(<証拠略>)の内容がいずれも原告の名誉を棄損する旨主張するが、鈴木医師作成の書面の内容には、一切、原告の社会的評価を低下させる事実の記載はなく、菅野医師作成の書簡についても、その内容は、被告の産業医として、原告の主治医に対し、原告の正社員への採用又は嘱託社員としての契約更新のためには、勤務状況を改善するのが望ましいとして、その方策につき、主治医の医学的見解を問うものと認められ、原告の社会的評価を低下させる事実を摘示したものとは認められない。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件請求はいずれも理由がない。

(裁判官 矢尾和子)

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